日々と文学

読書ブログ、映画ブログ

131『memoria』

たしか作家の山下澄人が日記かなにかの文章で、夏のある日、誰か知人の子供と遊んだとかゲームしたとかのんびりすごした日のことを「夏休みみたいな日だった」と書いていた。

それを思い出した。部屋があまりに散らかっていたので、久しぶりに片付けた。部屋がうんと広くなり、床に大の字に寝そべると気持ちよかった。窓からは真夏の日差しが熱とともに入ってきている。本もかなり散らかっていた。まだまだ整理しないとだけど、読みかけの本を読了させていきたい気分だ。

「私たちは、存在するものを直接捉えることができず、現象を通して理解するのです」これは『天然知能』という本の一文だが、この「直接捉える」というのがエロスだと思った。エロスというのは何かよくわかっていないが、保坂和志「ある講演原稿」という短編小説に、山をエロスと呼んでいるところがある。フロイトは、エロスは生命より先んじている、エロス<生命でなく、エロス>生命、という捉え方をしてるんじゃないか、と書かれている。「直接捉える」というのは、たしかに性に通じ、エロスに通じるのではないか。芸術がその「直接捉える」を試みているわけだが。セザンヌのサントヴィクトワール山という繰り返し描いた山の絵を思い出す。地元の地質学者だかに、何度も何度もサントヴィクトワール山のできた過程とか内部の鉱物についてなど同じことを話させたセザンヌ。敬意を抱けば、自然はきっとその真の姿を垣間見せてくれる、と言っていたセザンヌ

宮沢賢治を思い出しているが、ああした、文章がひっくり返ったり破綻したりするそれは、そうでないと漸近できない何かがあるのだ。


自身が満ち足りた生活を送ること、そのための環境づくり、これが素晴らしい賢者たち、成熟した大人たちのあり方だと思う。そのためには偽らない、無理をしない。それは、過去の理想を過去に葬ること、肩から荷を外すこと。でも難しいこと、苦手なことが、自身をゆさぶってくれ、たとえば『カフカとの対話』でヤノーホが書き止めたカフカは、忍耐や、聖者のような理想、社会の厳しさのなかで、実践する人物ではなかったか。カフカはだから40歳で亡くなったか。宮沢賢治は37歳、ゴッホもだ。大きすぎる理想を肉体が抱えきれなくなって、肉体が滅びる。ニーチェは44歳で発狂した。

「やりたくないことはしない」とハッキリ言った友人の言葉が強く残っている。

そう言えばピンチョンが新作長編を発表したが、ああして10年にひとつ完璧な大作を出す、というやり方をする人もいる。でも密度とボリュームある作品を完成させることができなくなったとき、そこまでの明晰さをもたなくなったとき、作品として発表されてくるものは途絶える。そこで、それまでの「作品」にならないものを制作する道を模索する、ということが、特に今は専業作家でない人を含め、オルタネイティブな文学のあり方が見出されつつある気がする。

「自分の祖先は足軽だった、だからボクもこの先長く描き続けるために、先へ先へ行っておくのだ」ということを保坂和志さんは言って、今どんどん思いつくままに書き、全体としてなにが言いたいとか学校の勉強などで刷り込まれた「文章観」を逸脱しまくってゆく。ボケてもボケの可能性を引き出せるように、とのこと。

ポルトガルの、100歳になっても着実に新作を撮り続けた映画監督マノエルド・オリヴェイラのあの映画たちの、普通に言われるドラマとは違う、不思議な面白さ。見る側の想像力とか記憶とかが、じっくりどこかアサッテの方へ向けて醸成されるような、自由さ。雲に覆われた空をひたすら映したりして。結構笑っちゃうのだが、それも映画自体は至って真顔で撮っている佇まいなのである。だからこそ、ナンダコレハ!?となる。

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今年の7月に行われたカンヌ映画祭で上映されたアピチャッポン・ウィーラセタクンの新作映画『memoria』の特集本が届いた。おそらくドイツの、インディーズ出版社が出しているもので、MacBookとほぼ同じ大きさで、布張り製本、オールカラー190ページ。公開前なのにこんなに色々詳細(英語なのでわからないが)を見てしまっていいのか、と笑える。でもこうした出版社は奇特だ、応援のためにも即買い。

別のウェブページのインタビュー記事で、映画制作、アートを続けていく困難さを問われたアピチャッポンが言っていることを書き留めておく。

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インタビューのページは以下です。

http://www.akibatamabi21.com/news_topics/talks/202101151212.htm