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135 信仰とアウグスティヌス

比喩とはなんだろう、ニーチェの『ツァラトゥストラ』から以前引用したところについて、思う。実は仏典にも、たとえばサイの角のように孤独に歩め、みたいなサイの角の比喩など、よく出てくるものが多数ある。目の前のものを、ここでない別のものと重ね合わせること。

「あなたがたの徳のなしとげるすべての行為は、消滅する星にひとしい。(略)その行為が忘れられ、影響がなくなっても、その光はなお生きていて、旅をつづける」

今書き出していて、改めて想像すると、これは宇宙空間の無限を言ってもいる。ある星が、イエスが生きている2000年前に消滅した、その星は地球から2000光年離れていて、今夜、イエスが生きていた時に発したその星の最後の光が届いた。その光も、まだ地球より先の3000光年、4000光年の宇宙を旅してゆく、どこまでも旅し続ける、それは、第二回目の宇宙でのその星の光に、いつしかなっていた、この宇宙が無限回繰り返される、それを永劫回帰といい、ニーチェはすべてを肯定し、死に際して、歓び勇んで「さぁ、もう一回!」とその人生の繰り返しを引き受ける、そんな生のあり方をひたすらに探究した。

『ドライブ・マイ・カー』が公開になった。劇中でチェーホフの「ワーニャ伯父さん」が演じられる。映画の主人公たちのラストと、彼らが演じる舞台「ワーニャ伯父さん」のラストが重なる。

「でも、仕方がないわ、生きていかなければ!ね、ワーニャ伯父さん、生きていきましょうよ。長い、はてしないその日その日を、いつ明けるとも知れない夜また夜を、じっと生き通していきましょうね。運命がわたしたちにくだす試みを、辛抱づよく、じっとこらえて行きましょうね。今のうちも、やがて年をとってからも、片時も休まずに、人のために働きましょうね。そして、やがてその時が来たら、素直に死んで行きましょうね。あの世へ行ったら、どんなに私たちが苦しかったか、どんなに涙を流したか、どんなにつらい一生を送って来たか、それを残らず申上げましょうね。すると神さまは、まあ気の毒に、と思ってくださる。その時こそ伯父さん、ねえ伯父さん、あなたにも私にも、明るい、すばらしい、なんとも言えない生活がひらけて、まあ嬉しい!と、思わず声をあげるのよ」

アウグスティヌスや本田哲郎など、アカデミックとは異なるハードな神学者の本を読んでいると、あることに気づいた。前回かその前かに書いた「信仰とは、不可能と言われることを、神が力をかしてくださると信頼して、自分のできることからまずやってみる」ということ。このときの、ここでは「神」だが、「なにかわからぬが自分以外の力」が働いてくれるという、それは何か?たぶん芸術が芸術たるに不可欠なものである、するとある種神の顕現が芸術作品のひとつひとつにある、いやまだ安易だ。アウグスティヌスはあらゆる欲を振りきっていく、そこで予想外だったのが、好奇心という欲を余計なものとして言う。

「あるいは空虚な関心によってとらえたりしようとする欲望を起こさない」「星の運行を知ろうとは思わない」「わたしはすべての涜神的な秘儀を嫌うのである」

これはしかし、よく考えると説得力がすごくある。圧倒的な知の巨人アウグスティヌスが、星の運行について知ろうとしない、と言って神のあわれみのみを希望するという。アウグスティヌスはまた、自身が虚妄から啓かれる過程をすべて「あなた」、「神」の導きと捉える。「あなたが与えられねば、だれも禁欲を守ることができない」「かつて酩酊したことのないものが酩酊しないのはあなたのおかげであり、かつて酩酊したものがもはや酩酊しないのもあなたのおかげである。かつまた、それがだれのおかげであるかを知るのもあなたのおかげである(10巻-31章)」

そしてここが重要だ。

「あなたははじめ自己弁護をしようとする欲望からわたしを救われたが、それは「あなたがわたしのすべての不義をも許し、わたしのすべての病をいやし、わたしの生命を破滅からあがない出し、慈しみとあわれみをわたしにかぶらせ、わたしの欲望を善いもので飽かす」ためであった」

でもこれもやはり、説得力がある。これは年齢を重ねる、ということかも知れない。じゃあ、年齢を重ねるということは、それだけ「何かわからぬ力」を見出せること、それは無私になってゆくということと関係している。

その「何かわからぬ力」の助けはいる、ただ信じて行動する、ではないのだ。本田司祭は言う。「人間の力には限界があり、弱さもあって、それをのりこえるためには、それ以上の力がいる。そこに神がはたらく。神が共にはたらいてくださるという実感、それは自分のささやかな体験の中で見いだしていくしかない」この「自分のささやかな体験の中で見いだしていくしかない」というところがいい。自分の無力さを知ることができれば、気づいてくる。

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偶然出会った写真集。今まで写真集を特に好きになったことはなかったけど、これは好きだ、と思った。