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(107)『ユリイカ』6

沢井の向こうの波打際のコズエが突然、砂浜にバタンと倒れる。

あの海はどこの海なのだろう。砂浜を歩いていると岩というより地層の断面みたいな、低い断崖があった。この映画は黄色味のあるモノクロ映像で撮られている。ウィキペディアでは「モノクロ・フィルムで撮影して現像時にカラー・ポジにプリントするクロマティックB&Wという手法が採用されている」とある。

ヴェンダースベルリン・天使の詩』は、幽霊となった男がシャバの街をさまよう様子が映されている。人間界のしがらみから完全に解放された男は、同時に人間界をさまよいながら人間との関わりを失い、また肉体的な歓びも失っていて、どういう流れか忘れたが、映画のラストで再び肉体をもった人間に戻ると、それまでのモノクロ映像が色彩を取り戻しカラーになる、という話だった。

ユリイカ』でも、ラストでカラー映像になる。海のシーンが終わり、バスがどこかに着いて、寝ていたコズエが目を覚ます。そこは市街を一望する、山の頂上に滑走路みたく空に突き出た異様な景色のその地にバスは到着していた。「大観峰」と大書された石碑の立つそこは、峰の連なりの頂上で、その突端が超越的な眺望をもたらす。そこでコズエが叫び、言葉を発し、ついに風景は色彩を獲得し、「コズエ!帰ろう!」と沢井が声かける。

二人でバスに戻るところを空撮で峰を旋回するヘリコプターのカメラが捉えつづけ、鍵盤の音がしてエンドクレジットが始まる。あの場所はどういうところなのか。コズエは大きな声で、海で集めた貝がらをひとつひとつ放り投げながら、「お父さん!」「お母さん!」「アキヒコくん!」「お兄ちゃん!」「コズエ!」「沢井さん!」と叫ぶ。


波打際で倒れたコズエに沢井が駆けよって呼びかけていると、急にムクリと立ち上がって、コズエは真っすぐ海に入っていく。カメラを見据えながら、「お兄ちゃん。コズエ、海におるよ」と肉声として発したわけでない、それまでも何度かあった(兄妹によるそれはいつも海についての言葉だった)声が映画に響く。「Eureka」も流れている。

その場所はどこなのだろう。行ってみたい。北九州三部作の三作目に当たる続編『サッド』では映画の序盤、タイトルクレジットからオープニング曲としてジョニー・サンダースの「Sad Vacation」が流れながら、あの『ユリイカ』ラストの映像がカラーに変わる「大観峰」と彫られた石碑の立つ場所が映る。そこは「たいかんぼう」という熊本県阿蘇市にある山だ。またそのジョニー・サンダースの曲とともに「若戸大橋」が映る。あと平尾台というカルスト台地。この北九州市小倉にある平尾台は、『サッド』ではオダギリジョー演じるゴトウがケンジを連れてやってくる一幕があった。

「こっから山口までハワイから来たサンゴ礁なんよ」という。「そーやとしたら相当デカイね」「日本、日本ちイバリよるけど、所詮色んなところから流れついた寄せ集めみたいなもんよ」そこでオダギリジョーは山の地面に細い棒をグサ、グサと掘るように突き刺しながら、秘密を暴いてやろうと思っている、と言った。

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