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(92)「事 ある 事」公園通りクラシックス

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よく晴れたハロウィンの渋谷は人が多いが、仮装の人はまるでいなかった。渋谷のナノ・ユニバースでスーツを購入した。

店員さんがいい方だったので、迷ったがブラウンのスーツを買うことにした。

『リミッツ・オブ・コントロール』で主人公の男が、工藤夕貴と出会う新幹線みたいな列車から降りるときに着ていた、ブラウンのスーツを思い出したからだ。

主人公の男はイザック・ド・バンコレコートジボワール出身の俳優で、パイロットになるためパリに留学していたところをスカウトされた。

『リミッツ』の音楽は日本のバンド、BORISが担当してる。灰野敬二さんとも共演盤をリリースしている。スーン・キムというアルトサックス奏者と、吉田隆一というバリトンサックス奏者と、灰野敬二のトリオでのライブ「事 ある 事」を渋谷の公園通りクラシックスというライブハウスで見てきた。


久しぶりのライブ鑑賞だった。

日が暮れたスクランブル交差点から北への大通りを行くと、斜めに坂を上ってゆく公園通りが分岐して、坂を上りきると昨年リニューアルオープンしたばかりのパルコがあるが、その前の坂の途中に、公園通りクラシックスはあった。

地下駐車場へスロープを歩いて下りていき、駐車場内に赤い扉がある、そこを入ると落ち着いたスポットライトにグランドピアノが浮かび上がる、そのライブハウスになる。

30名限定のライブで、受付を済ますと、並べられた椅子を選んで座る。丸テーブルが横にある椅子に座った。ジンジャーエールと。

受付をしていたとき、灰野さんがきて、カウンターの中の店主に「ギターのところの照明が真っすぐ当たっちゃってるから…」と微調整のお願いをしていた。

今じゃなくていいからね、と言い、最後に「お願いします」と店主の人に丁寧なお辞儀をして戻っていかれた。


席に着いてから、ギターのところで最後の準備をしている灰野さんは、銀色の長髪が柔らかく輝いて、本当に美しかった。一度客席を横切って行かれたが、68歳だが、自分が一年に一度、もっとも心身のコンディションが整っているときを、その灰野さんの身のこなしというか出で立ちを見て、私の身体は思い出した。

演奏が始まると、やっぱり、ひとつ目のギターの空気を破るような音で、もう彼の演奏でしか触れたことのない世界が始まっていた。すでにこの場所にあったかのように、それは全体を一変させていた。

タンバリンくらいの、手で持つ太鼓ひとつを持って前方に出てきて、全身の緩急の動きとともに、それを打ち鳴らした。

なんだか、シャドウが同時に見えている気がした。タンバリン二つを両手に持って演奏もした。ドラムセットでいきなり演奏もした。機関車のような爆発力があった。

左には、スーン・キムがサングラスをかけてアッバス・キアロスタミみたいな、異様なオーラでサックスを吹いている。その吹き出し口に灰野敬二がひざまずき、声を送り込む。サックスからはそれに呼応してそっぽ向くような音が響いた。右には吉田隆一がバリトンサックスを響かせている。灰野敬二はヴォーカルもやった。

私の前の席の、最前列の人が、1メートルも離れていない至近で歌っている灰野敬二の姿をずっとスマホで撮影していた。さすがに「ヤメてくれ」と言いだしそうでハラハラしたが、灰野さんはもうそんなものに惑わされることはないかのようでもある。それでもきっと日常の色んなイライラと戦っている。

発されたうめき声のなかから浮かび上がったいくつかの言葉、フレーズは、私はうまく言葉に出来ないが、あれが福音というものなんじゃないか、と考えた。そのまま心に残しておくべき、いつかそれが真実となる、そんな類の言葉である、と考えた。

「どこでも、何をしていても、誰といても、そこに光はある」

「今は少しだけ、休んでいれば、大丈夫」