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(58)「胸さわぎ」保坂和志

「しょっちゅう言ってるように、相手の言うことを信じる人は書いたり作ったり歌ったり踊ったりする人に向いてて、信じない人は評論家的なんです。信じることこそが知性なんです。」

これは保坂和志さんの「胸さわぎ」という短編に書いてある。私自身は後者だな、と思う。思うというか、いつもフゥと息を吐くとぶち当たる、私そのもの。


アガンベンは「創造と救済」にて「イスラーム教やユダヤ教では、救済の行為は、創造の行為よりも序列の上位にあるが、にもかかわらず、それは被造物としての預言者あるいはメシアへと託されている」

つまり、創られた者による救済が、創る行為よりも先立つ。


では、これはどうか。

「オーケストラにはあらゆる要素が入ってます。バイオリンがどんなに上手でも、オーボエコントラバスクラリネットが主旋律を奏でるのを聴こうとしないようではバランスが取れません。主旋律はどこにあるのか、どんな反応があるのかがわかっていないとダメです。この世のものは全て、他のものに何かしら影響を及ぼしており、他から完全に断絶したものなど一つもないということを、人間は知っていました、ありがとうございました。」

これは、以前ここでも取り上げさせてもらった、バストリオ の舞台作品『ストレンジャーたち/野生の日々』の劇場で販売された同作品のZINE(パンフレットのようなもの)の断片である。観劇時には売切れていて、劇団の友人に頼んで自宅に送ってもらった。

パンフレットといっても、冊子のようにはなっておらず、短冊型のカード(カラフルで透明で、これに写真や文が写っている)たちや、舞台に使われた石ころを印刷してその形に切り取った厚紙(裏にこの石はどこどこで拾った…など、出演者のエピソードが書いてあったりする)や、トートバッグ、スーパーボールなどが入っている。

少年誌の付録みたいなセットだ。


ちなみに、このZINEを素材に用いて、5/2リリースされた友人のバンドの新曲のジャケットを作りました。


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山頭火』she might be swimmer

https://linkco.re/amp/Z27NVD0G?__twitter_impression=true


で、アガンベンの執拗に書いていることも、この上記のバストリオの言葉ですでに表されているんじゃないか、と思った。


言っていることのツジツマはあまりないのだが、私は、やはり保坂和志さんの言っていた〝真に受ける〟こと。また読書は本当は〝丸暗記するように読む〟ということに戻る。

自分に引き寄せて読んだり、自分の理解のなかだけで読んでも、何も自分は変わらない。

芸術は他者、外部に触れること。

遠藤ミチロウとの対談で吉本隆明の言っていた、ミチロウのライヴに匹敵する、書くことにおけるものとは。

いや、そんなミチロウのライヴと、文を書くことと、簡単に同じになどできない。

同じじゃないが、音楽におけるギター一本担いで各地を巡ってするライヴと、文章を書くことにおけるそれ。


私は校正の勉強をいま始めていて、それに必要なため、辞書を買ってきた。

外出もあまりできないので自宅駅にあるツタヤ書店で国語辞典と、漢和辞典を続いて買った。これまではわからない言葉など、ちょちょっとスマホで調べていたが、辞書を引くべし、という教えが大事なことだと、いま思う。

町田康さんがウェブ記事でカバンの中身チェックされてたが、そこにもコンパクトな辞書があって、いちいち調べる、ごく当たり前のように言っていた。


町田康さんと言えば、「小説をめぐって」で保坂和志さんが昔書いていたことを思い出す。

両氏が選考委員を務めていた新潮新人賞において、保坂さんが学生時代や二十代に間章高橋悠治の音楽評を読んでいた時期の興奮が蘇った、と絶賛したサム・クックについての評論が最終候補作にあった。

他の選考委員も賞賛していて、満場一致で受賞作を送りだす、そこで一人、町田康が異を唱えた。「この評論には致命的な欠点がある」と。

それは、現代ではコード進行を決めてからメロディを作るのが主流だが、サム・クックの時代にはメロディが先で、それからコード進行を決めていた、ところが著者はコードが先の制作プロセスの上でサム・クックを論じてしまっている、と。

「あれがもし将棋や映画についてだったら、保坂さんも容認できない間違いが、あの評論にはあるんです」

受賞は覆ったが、優柔不断な振る舞いを演じることになった、という保坂和志は書く。

「しかし私が態度を翻した理由はまさにそこで、私は小説をまず書き手の側に取り戻すために、この連載を書いているのだ」

そして私が2004年のこの文章でもっとも鮮烈に残っているのは、保坂さんが町田康の唱えた異に感じた、「もっとずっと強く、説得力があった」ということだった。


「胸さわぎ」は「ことばと vol.1」に収録されてます。